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ミスチル好きはもうおじさん【1999年、夏、沖縄】

音楽を聴くのが好きで出かける時は基本イヤホンなしではパニックを起こす。

もちろん外の音に耳を傾けるのもいいんだけど自分の世界に入れるきっかけとして音楽はすごいパワーをもってる。何を聴くかというとその時の気分もあるけど自分が青春時代によく聴いていた1990年代後半から2000年代前半のJ-POPか最近の曲かざっくりとした知ってる洋楽。この3種類かな。

そんななか職場で「音楽何を聴きますか?」という質問を20歳くらいの女の子に問われたときの返答に迷う。決まってないからなあ。

ミスチルかなあ

「ああ、知ってます!お父さんが好きなんで」

もうね

この返しはいろいろショックだよ!

まずミスチルと言われて知ってるか知らないかのギリギリの会話になってることが残念。

しかも2人の会話にお父さん登場しちゃってるから。

その時点で私は全然知りませんけどもって言ってるようなもんだよ。

凄いバンドだったのになあ。

そういえば子供の頃親に「石原裕次郎は凄かったんだぞ」と言われてキョトンとしてたな。

同じ感じなんだろうな。

そりゃキムタクも歳を取るわ。

さて今回紹介する曲はそんなミスチルの「1999年、夏、沖縄」です。

ミスチルの名曲は今でも心に響く!官能的なラブソングyouthful daysの歌詞を解説 最近はYOASOBIやらAdoの音楽を聴いたりで昔の曲を聴くことは減ってしまいました。それでも先日久々にミスチルを聴いたらやっぱり...

基本情報

Mr.Children

1999年、夏、沖縄

2000年8月9日発売19枚目のシングル「NOT FOUND」のカップリング曲

歌詞

歌:Mr.Children

作詞:桜井和寿

作曲:桜井和寿

僕が初めて沖縄に行った時
何となく物悲しく思えたのは
それがまるで日本の縮図であるかのように
アメリカに囲まれていたからです

とはいえ94年、夏の沖縄は
Tシャツが体にへばりつくような暑さで
憂鬱なことは全部夜の海に脱ぎ捨てて
適当に二、三発の恋もしました
ミンミン ミンミンと蝉が鳴いていたのは
歓喜の歌かそれとも嘆きのブルースか
もはや知るすべはないがあの蝉の声に似たような
泣き笑いの歌を奏で僕らは進む

いろんな街を歩き いろんな人に出会い
口にしたさようならは数しれず
そして今想うことは 大胆にも想うことは
あぁ もっともっと誰かを愛したい

酒の味を覚え始めてからは
いろんなモノを飲み歩きもしました
そして世界一のお酒を見つけました
それは必死で働いた後の酒です
戦後の日本を支えた物の正体が
何となく透けて見えるこの頃は
平和とは自由とは何か 国家とは家族とは何か
柄にもなく考えたりもしています

生まれた場所を離れ 夢からも遠くそれて
あぁ僕はどこへ辿り着くのだろう
今日も電車に揺られ 車窓に映る顔は
そうほんのちょっとくたびれているけれど

神は我等を救い賜うのでしょうか
それとも科学がそれに代わるのでしょうか
永遠でありたいと思うのは野暮でしょうか
全能でありたいと願うのはエゴでしょうか

時の流れは速く もう三十なのだけれど
あぁ僕に何が残せると言うのだろう
変わっていったモノと 今だ変わらぬモノが
あぁ 良くも悪くもいっぱいあるけれど

そして99年夏の沖縄で
取りあえず僕らの旅もまた終わり
愛する人たちと 愛してくれた人たちと
世界一の酒を飲み交わしたのです

最後の曲が終わり 音がなり止んだ時
あぁ僕はそこで何を思ったのだろう
選んだ路とはいえ 時に険しくもあり
些細なことで僕らは泣き笑う

いろんな街を歩き いろんな人に出会う
これからだってそれはそうなんだけど
そして今想うことは たった一つ想うことは
あぁ いつかまたこの街で歌いたい
あぁ きっとまたあの街でも歌いたい
あぁ そして君にこの歌を聞かせたい

情景が思い浮かぶ歌詞が好き

この曲を知ったのは上で紹介してる「B-side」というアルバム。名曲揃いなので一度聞いてもらいたいところ。

僕は酒は飲まないし沖縄での思い出なんてそれほどない。

それでもこの昭和っぽさも残るメロディに乗せて歌う彼の歌声は聞いてるこちらが体験したかのようにストレートに入ってくる。

体験したことになぞって思うことを述べてるだけ。

それでも歌を聴いてるとはっきりと情景が頭に浮かぶわけで。

今もそうだけど北朝鮮がミサイルを青森県の近くに向かって打ちあげました。なんてニュースが数日前にあって、僕らが学生の頃もテポドンというミサイルが打たれて話題になった時期もあり地震と共に常に警戒しないといけない国で生きてるわけです。

第二次世界大戦で日本が負けてからアメリカが日本に居座るようになりその中でも沖縄は基地が多いから日本人の暮らしはアメリカと常に密接してる状況を歌いだし冒頭で表してるのかと。

その後の歌詞で

”とはいえ94年夏の沖縄は”というフレーズでその風景描写が切り替わり

”2,3発の恋”というなんかもう軽い男の軽いノリの如何にもワンナイトカーニバルの夜を楽しんでる男が思い浮かぶわけですよね。沖縄での滞在期間中に2,3人と関係を持ったのかあるいは同じ女性と何度も逢瀬を重ねたのかいずれにしてもガンガンやってるわけですね。

そんな軽い男が5年後の現在思うことは”もっともっと誰かを愛したい”これは大人になって一人の女性を大切にしたいと言ってるのか、あるいはもっと世界中の女の子としたいという歌詞なのかどちらともとれるけどここは前者であってほしいかな。

”それは必死で働いた後の酒です”世界一のお酒を彼は高価なワインとかじゃなく死に物狂いで働いて達成感に包まれながら仲間と飲む酒だというわけで、これは僕は下戸なんでまったくわからないけどもそうなんでしょうね。

”戦後の日本を支えたものの正体がなんとなく透けて見える”

これは明確な答えはないけど彼のご両親の世代や1つ上の世代のことを言ってるのかなあ。

”生まれた場所を離れ、夢からも遠くそれて、ああ僕はどこに辿りつくのだろう”

サビのこの歌詞が未だに僕には響くんですよね。僕も親もとを離れて子供の頃やりたかったこととは全く関係なく日々過ごしていて何に向かうのかってわかりません。

人に何がしたいのかって聞かれてもまともに答えられません。

”今日も電車に揺られ 車窓に映る顔はそうほんのちょっとくたびれているけれど”

ここは彼らの楽曲「イノセントワールド」が被るんですよね。イノセントワールドにも”窓に映る哀れな男が愛しくもあるこの頃では”という歌詞があってそのせいで、それでもくたびれてるけど結局自分がすきなんだろって思ってしまう。

”時の流れは速く もう三十なのだけれどあぁ僕に何が残せると言うのだろう”

桜井さんまだ30の時の歌詞なのかと驚きを隠せないよ。今の僕はそれから8年が経とうとしてる。それでもやっぱり何が残せるのかなんてしょうもないこと考えるもんね。なんにもやってないのに。

大サビで仲間と世界一の酒を飲み交わしたと言うんだけども酒を飲まない自分には関係ないし、最後にはまた歌いたいと。彼は歌手なんでね。

そう、この歌は僕とまったく無関係の全然ちがう人生を歩む人の歌なんだけどそれでも所々に共感できる部分があり同じ人間なんだなと思わせてくれる。

きっと目指すことも幸せを感じる瞬間も僕とは全然ちがうんだけど

僕ももっと愛したいなと思うから明日も生きようと思う。